その後を生きる、矢川冬の場合

実父からの性虐待サバイバー。「もう、沈黙はしない‥性虐待トラウマを超えて」出版。社会福祉士。家父長制絶対ダメ。HSPシニア独り暮らし。性虐待を事由に明記し戸籍名変更。女性無料シェアハウス運営。趣味はどけち節約と終活と防災サバイバル

性的虐待を理由に、戸籍名を変えました。日本で2例目でした。

結婚をしないから加害者と同じ苗字を使用するしかなくて、名前を呼ばれるたびに実父が潜り込んできた布団の中に連れ戻されるような光景が頭の中にフラッシュした。後でそういうのはフラッシュバックというと知った。

 

呼ばれるたびにぞっとする名前を避けるために、私は苗字も下の名前も通称名をできる限り使うようにした。すると生きているのが少し楽になりました。

 

そうだ、戸籍名を変えてしまえばもっと楽になるに違いないとひらめいた。

 

30歳代から通称名を使い始めて、実際に裁判を起こしたのは48歳の時だった。その時には原加害家族とは連絡を絶ち、関係がほぼ切れたという状態にまでなっていた。なかなか時間がかかったのは、私がPTSDをかかえながらで、仕事をするだけで精一杯になることが多いからでした。本当はもっと早く変えたかった。

 

諦めずに続けられたのは、10歳の時に誓ったことがあったからです。「犬死はしない」と10歳の少女は自身に言い聞かせました。10歳の少女は加害者の父親がのうのうと生きていることに我慢できませんでした。だから大人になって父親の悪事を暴くまでは死なないと誓ったのです。そう誓いつつも苦しさのあまりリ自殺未遂を何度かしてしまいましたが。それでも、私は10歳の私自身に救われて生きていました。

 

 

 

改氏名は普通は家庭裁判所の許可があれば変えられます。簡単に説明します。

 

まず、家庭裁判所に申し立てます。家庭裁判所にA41枚の簡単な申立書があります。それに記入し提出。費用は収入印紙800円。それから調査官に話を聞かれ、裁判所側が受理するかどうか判断をし、受けることになればいよいよ審査が始まります。

 

と簡単な流れのはずなのですが、改氏名の要件の一つの「その他の事由」に「性的虐待」という要件がないために2年もかかりました。

 

まず、裁判所は申立を受け付けない姿勢を示しました。そこで、私は長い「上申書」を書いて提出しました。その結果受け付けてはくれましたが、のらりくらりと時間を引き延ばして私が諦めるのを待っているようでした。そこで、とりあえず名の方だけ変えました。事由は「通称として5年以上使っていた」ということでした。氏の方は10年通称で使っていると変えられることもあるのですが、その時はまだ8年でした。

 

しかし、私は「永年使用」ではなく、「実父からの性虐待」を事由にしたいと思っていたので、裁判官に訴え続けましたが、裁判所は事由を「永年使用」にしたいために、ずるずると時間を引き延ばしていました。

 

私は弁護士をお願いしないで自分で交渉していたのですが、時々角田由紀子弁護士の温かいアドバイスは受けていました。なかなかお礼もできずにいます、申し訳ありません。角田弁護士の言葉は包容力にあふれ、手紙を読むだけで私はいつも泣いていました。頑張ろうと励まされました。

 

医者によるPTSDの鑑定書は出せるかと裁判官に聞かれました。いろいろのつてをたどり、断られしながら小西聖子医師を紹介してくれる人がいました。小西医師によるPTSD鑑定のためのカウンセリングが6か月続きました。その間は裁判は休止状態です。小西医師も別の人の鑑定書があるなら見たいということでした。

 

小西聖子医師は被害者にきちんと寄り添ってくれました。それまで専門家との悲惨な体験からカウンセリングを拒否していた私でしたが、最後に小西医師に出会えて本当によかったと思っています。

 

実は日本で1例目というのは、「蘇る魂」を書いた穂積純さんです。2冊目の「解き放たれる魂」で改氏名の事情を書いてくれていましたが、穂積さんは4年もかかったそうです。


私が2年で済んだのは穂積さんに頼んで穂積さんの審判書とPTSD鑑定書のコピーをPTSD鑑定担当医師に参考として読んでもらうことができたからです。穂積さんは快く承諾して二つを貸してくれました。恩人です。

 

もう1つ決定打は、38歳のとき実父から取った詫び状を証拠として提出したことでしょうか。24歳の時に精神科医に否定されて14年耐えに耐えて実父を油断させて書かせたものでした。

 

結果を言うと、2年かけて「実父からの性虐待を事由にして」戸籍名を変更できました。初めての穂積さんは1997年、2例目の私は2002年でした。

 

女性の裁判官は最後に勇気を出してくれました。裁判官が悪しき判例主義に屈しない姿勢を見せられたのは穂積さんの判例が一つあったからでした。

 

ですから、もし、加害者と同じ名前を捨てないと生きられないと思っている被害者がいたら、どうか3例目になってください。必要なら、私の審判書をお貸しできます。

 

性虐待が原因で加害者と別の名前にする人が増えれば、性虐待がどれだけ人生を左右するか、狂わせるか分かってもらえるのではないでしょうか。

 

コメントをいただければ、穂積さんが私にしてくれたように、私の知っている限りのことはお伝えしサポートします。ご連絡ください。

 

私はというと戸籍名を自分で勝ち取ったということが自信になり、新しい名前で生活することで社会生活が以前よりずっと楽になりました。もちろん万全ではありませんけど。